交通案内  観光案内

「下呂」の地名は、「下留」の駅名が音読され「ゲル」になり、そして「ゲロ」になり、
やがて「下呂」という字があてられるようになったということです。
湯治場としては天歴年間(西暦947〜956)から名を知られていたといわれ、
由緒正しさはピカイチ。
また「薬師如来が傷ついた白鷲に姿を変え、益田川のほとりの
源泉のありかを村人に教えた」という白鷲伝説をはじめ、
ロマンチックな数々の伝説にも彩られています。

旧大戸家住宅をはじめ、白川郷から移築した10棟の合掌造りの
民家を配し、往時の生活を知る貴重な博物館です。
村内には、工芸の体験や伝統の味が楽しめる民芸の郷、民俗資料館、
狛犬博物館、5つのパビリオンで森の生活や下呂の祭りなどを紹介する
ふるさとの杜があります。
昭和のはじめ頃、歌謡詩人野口 雨情が下呂の地に来遊した際に 作った下呂小歌にちなんで名付けられた公園。飛騨川へとつづく阿多 野谷のほとりには、雨情の銅像や歌碑をはじめ、広場や散策路、 噴水、木造のアスレチックなどがある。
白鷲伝説が伝える、あの薬師如来像をまつる寺。173段の石段を登りつめた先の本堂には、下呂温泉の歴史を物語る古い絵馬たちにも出会えます。温泉街の眺めも絶景。
下呂温泉の幽遠な歴史に感謝し増々の発展を願って建立された神社。 聖地・出羽三山の一つ湯殿山神の御分霊をまつっています。
天下十刹に数えられる古禅林。宋朝様式の建築物、金森宗和による茶室と庭園、資料館に展示された雪舟筆の大達磨像や狩野永徳の菊花屏風など、見どころ豊富です。
昔、孝行息子が母のために汲んできた琵琶湖の水がこぼれてできたという伝説の池。四季折々に美しい景勝地です。
飛騨の匠の作といわれる10本の木造神像は、国の重要文化財。花笠祭り(田の神祭)の神事が奉納されるのもここです。温泉街の中心に、森に囲まれて佇んでいます。
鎌倉時代に建立され、岐阜県関市に所在していましたが、昭和14年に当地、下呂温泉の弘法大師所縁の山・弘法山に移転して、商売繁盛・福徳毘沙門天王様を迎えて、人々の幸福を願い、建立されたお寺です。
ガン封じにご利益があるとされ、多くの参拝客で賑わいます。本尊の地蔵菩薩像は、腹部に金色の胎内仏をおさめており、「子育て地蔵」「はらみ地蔵」とも呼ばれています。
南北街道から下呂へ向かう初矢峠には、今も苔むした石畳が残されています。かつて飛騨郡代(代官)も越えたというこの峠には、旅のロマンが溢れています。
湯ヶ峰山麓に発見された縄文・弥生時代の遺跡が、公園として整備されています。竪穴式住居が復元され、考古館には土器や石器などの出土品が展示されています。
益田川をはさんだ2つの石塚。恋人を争った歌くらべの結果、一昼夜歌い続けて絶命した2人の若者を弔います。いまはカラオケファンの聖地として親しまれています。
椀貸せ淵の伝説にちなみ、5頭の龍が椀みこしを追って練り歩きます。それぞれが白鷲橋で舞を披露するころになると、まつりは佳境。男衆の喚声、太鼓や爆竹の音、火の粉にもまれて、熱狂的な一夜が過ぎていきます。
8月1日から3日まで、街をあげて繰り広げられます。龍神火まつり(1日)、芸妓みこし(2日)、下呂踊り(2・3日)、花火大会(3日)などイベントいろいろ。まつり気分にひたりたい方、お気に入りの浴衣持参でどうぞ。
夏の夕涼みは、浴衣姿で阿多野谷沿いへ。7月下旬から毎週土曜日(雨天の場合は日曜日)5週にわたって夜市が賑やかに店を広げています。とれたての高原野菜、漬け物、お菓子、地酒、民芸品など飛騨の名物がずらり。地元のおじさん、おばさん相手によもやま話なんかも、いいかもね。
下呂には、素人歌舞伎の芝居小屋が2軒も残されています。鳳凰座は5月3・4日、国の重要有形民族文化財に指定されている白雲座は11月2・3日が上演の日。町のみなさんの熱演に拍手をどうぞ。子供歌舞伎もあります。